第4次緑の協力掛川隊訪中記

July 19(Wed.)


170歳の朝の会話、遠山先生(左)と、義父(右)

交通機関
宿泊地
スケジュール
搭乗機種
19日(水)
恩格貝(8:00)
包頭(12:05)
包頭(10:55)
西安(14:15)
専用車
長安航空(Z2182)
西安
航空大酒店
専用バスにて恩格貝から包頭へ、(約3時間)
空路、西安へ、西の城門見学
Y-7

    日の出、井戸

日の出を待って写真を撮る。
結局、前回と同じ農家の裏に行く、ここからは、草原に登る太陽を撮れる。
農家の裏がゴミ捨て場になっている、前回よりも量が増え、多種のゴミがある、それだけ豊かになったか。
しかし、写真に写ってしまう、まばらな草原の中に入り狙うがうまく行かない。
農家の周りを回る、前回は、気が付かなかった井戸を見つける。
中を覗くとかなり深く、側に長いロープのついたバケツが置いてある。
また、近くにはポンプ小屋も見られる。井戸の周りには、水が溢れている。
大きな木を繰りぬいた家畜の水飲み場らしいものが転がっている。
この辺り、結構水があり、家畜が飼われているのを窺わせる。

    合計年齢170歳の会話
賓館に戻る、朝の一時外に出て会話が弾む。
凄い組み合わせ、うちの義父と遠山先生とが話している、合計年齢170を遥かに越える。
両方とも耳が遠いので、話がなかなか前に進まない。
17日の沙漠教室で触れているが、そこで解ったことを幾つか。
「この辺り大昔は、大森林地帯だった、沙漠の地下から出土した木は、楡の古木で、樹齢数百年、9100年前のものだった。」
先生の銅像は、「ここに来ればいつでも私、遠山先生に会えると言われて立てるのを承認した。」誰にだったか、江沢民?
遠山と言う姓は、静岡、井川にあるが関係ある?と聞くと、「わしゃあ、山梨の出、大いに関係ある。」
そうか、遠山の金さんの系列か、ってことになった。
    恩格貝から包頭
朝食後バスで包頭に戻る。
現地スタッフと別れを告げ、遠山先生から一人一人記念のバッジを受け取りバスに乗り組む。
これからのルートは、来るときと違って黄河大橋を渡るルートになる。
バスは、舗装道路を坦々と東に向かう。途中の川2本に橋が架けられ、取り付け道路を工事中だ。
この辺りにも中国政府の西部大開発による公共事業の資金投下が現れているようだ。
途中、休憩、スイカ売りの小屋がある、なかなか安くて旨い、商売上手だ。
最初は、無料で味見をさせ、買ってもらう積もりだ、売っているスイカが品切れになる。
取って来るからと、と見ていると道路の反対側の畑に下りてゆく、見繕って大きなものを幾つか持ってきた。
更に東に直進し、見覚えのあるT字路にぶつかる、左折し両側にガソリンスタンドが軒を連ねる中を北上する。
土手を登り黄河大橋、有料道路から無料になった。
右手に大勢の子供たちで賑わう南海公園を見て、左手に空港への道やり過ごし、包頭の街に入る。
今日の昼食の会場、東河区の盤(上に舟、下に皿と書く)古大酒店に到着。
    包頭の街角
ばんこ大酒店の前の通りは、東河区の中心街で、予想に反して緑が多く、落ち着いた感じがする。
昼食は、普通の料理、お客は、我々だけだった。
ここのウェイトレスの若い子達が活発。
写真を撮ろうとすると、私も撮って、私も、と、全員が集まってしまった。
店のマネージャー格の女性に会釈するとOKとの会釈を返してくれる。
店の中の大きな寄せ木の額の前で記念写真となった。
中のリーダー格の女性が名前が達筆で読めないが店の住所を書いてくれる。
食後の僅かの時間、街角を撮影。徒歩、自転車、リヤカー、ロバ、バイク、オート三輪、トラック、バス、タクシー。
    包頭から西安
包頭空港は、なんと新築された。ここでバスの運転手、現地ガイドと別れる。倫さんともお別れとなる。
乗客待合室は、2階、広々として、反って寂しい、外を見ると懐かしいY-7が待っている。
前回トラブルの元になったY-7だ。もうなくなってB-737辺りかと思っていた、が、まだあった。
乗客は、我々が大部分、殆ど満席、楡林には、寄らない。
冷房が効きはじめるとまた、機内に白い煙、慣れたもんだ、蒸気だ、誰も騒がない。
そのうちに雨漏り、内装の隙間から空気中の水分が外気で冷やされ、水になって染み出した。
落ち着いた所で、ガイドを通じてコクピット見学を依頼するが、客室乗務員は、怖がってパイロットに話もしない。
その後は平穏で、無事西安到着、西安空港は、BAe-146、Tu154M、B-737、B320等が見られる。
    西安、西の城門

西安空港から、ホテル航空大酒店は、目の前、歩いてホテルに入る。
一旦チェックイン後、西安市内に入り、西の城門に向かう。
前回行けなかった所なので期待は、大きい、城壁回り込んで、門の中庭に駐車する。
城壁が修復され、特に周りの濠が整備され、公園になっている所が多くなった気がします。
門は、安定門、上に登ると、博物館でなく、土産物店、その二階に小窓が設けられ西のかなたが望める。
遠くは、遥かシルクロードが先にあるが、曇っていて見えない、かえって目の下のトロリーバスが目立つ。
見下ろすと、城壁の外側には、濠の水が連なり、内側には、オートバイ屋とかあり、庶民の生活が垣間見える。
一通り見学、城壁の上を歩いて行くことは出来なくなっていた。南門には、馬車とかがあったはずなのに。
下りて中庭から市内を見ると城門が額縁となって絵になる光景を見つける。
西の城門見学後も城壁の外を回るが、やっぱり、城壁、濠が修復され、公園になっている。

夕食が当初予定された店から、勝利飯店に変更になった。
これは、西安の魏莉さんが所属する旅行社と、魏莉さんの好意によるもであった。
食事の時間としても早く、舞台の一番前に席が設けてあった。
舞台は、西域風の琴の演奏があった。
ここでも元気な娘達、D.U.さんとT.N.さんに出会いました。
また、仕事で忙しい魏莉さんが駆けつけて来る、やはり、彼女にとっても前回98年の第2次隊の印象は深かったようだ。
ますます、奇麗になりました、今度は力を入れて撮影。詳細は、別項をご覧ください。
前回の魏莉さんのページを見てご本人に連絡してくれた人が二人も居たと言うことには、驚きました。
もし、このページをご覧になりましたら、ぜひともE-メールを下さい。

    空港近くの屋台
夕食後、ホテルに戻り、有志13名でホテル近くの屋台に繰り出す。
ここも、前回の思いでの地です。お金も無いのに大勢で出かけて魏莉さんには、ご迷惑を掛けた始まりでした。
今回は、我々だけ、お金は持っています、しかしここは地元の大衆的なお店ばかりで心配はありません。
ホテルを出て、右、西に暫く行き、また右に曲がると広い通りに一杯の屋台が並んでいます。
ところが、今回は、丁度停電で、道路半分電気の明かりがなく、ランプでした。
道路を渡って反対側の明るい店の1軒に入る、建物の外の席は満席、建物の中に詰めてもらう。
隣には、公安の恐いお姉さんがたも大勢の賑やかな日本人に呆れてました。
みんなお腹は一杯なので料理の注文が少ない、大勢なので増やしてと、店のお姉さんに言われて量を増やす。
中身は、不祥、任されたが分からないので茄子を中心に野菜ものを頼む、でも、結構沢山出てきて残してしまった。
お勧めは、羊の肉を細い金串に刺して焼き上げたシシカカバブ、安くて、美味くて、量がある。
料理の名前は、解らないので適当に頼みました。
ところが、最後に請求を見てまた、吃驚、13名で、120元だった。
一人10元、140円です。ビールも含んでいます。

    タイムスケジュール
朝食(7:00)--恩格貝(8:00)=黄河大橋(9:30)=包頭(10:00−10:50)=
包頭空港発(12:05)=離陸(12:09)-Z2182-西安空港着陸(14:09)=到着(14:15)
=西の城門・安定門(15:30)=勝利飯店=航空大酒店(泊り)

7月18日(火) Top Pageに戻る7月20日(木)

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