第4次緑の協力掛川隊訪中記 |
July 20(Thur.) |
敦煌・莫高窟 |
20日(木) | 蘭州(9:00) |
敦煌(11:17) |
専用車 |
太陽大酒店 |
空路、敦煌へ、敦煌観光 莫高窟、鳴沙山、月牙泉等 |
BAe-146 |
3、3の6列、横幅は、まあ良いが、席と席との間隔が狭い、長時間飛行は辛い。 飛行機は、一路河西回廊を敦煌を目指す、途中蘭州に降りる。蘭州の飛行場は、沙漠の中。 降りると滑走路の東の端にビジネスジェットが目隠しされ、エンジンにカバーがかけられ置いてある。 まるで保管機のようだ、しかし後で、カバーが外され使われているのが判る。 ここのターミナルには、完成機のプラモデルが多く展示販売されている。 再度、同じ飛行機に乗り込む。かなり複雑な地形の上を飛行する。 左側遠くに雪山が見えた気がする、雲だったかもしれない。 敦煌空港に着陸、ここも沙漠の中、他にY-7が見える。ターミナルは、古く、狭い。 なんとこんな所に日本食のレストランの看板がある、敦煌ホテル、日本食レストラン富士とある。 バスが待っている、驚いたことに中古ながら成田空港のリムジンバスだ。車体の塗装や座席カバーもそのままだ。 このバスで市街地に入る、両側に緑が広がりポプラの防風林の中に畑があり綿花、トウモロコシ、ヒマワリ等が見える。 道路は舗装され、一度水路を渡る、水は、黄色に濁っている。 敦煌は、市内3万、郊外を含め12万の人口だそうだ。一旦ホテルに入り昼食。
一度空港の方向に戻り、空港の手前を右折、滑走路の西側を南下する。 途中沙漠の中で涸れ河を渡るが、出水で橋が流され河原を迂回する。 更に行くと右手に遠く莫高窟のガレが望め、緑の並木が続き、左側に枯れた河、広くなり駐車場に入る。 駐車場の正面に莫高窟のガレ、手前に枯れた河、入り口には、例によって土産物店、有料トイレ。 土産物店の横を通って、左側に博物館、時間がなくて寄らない。右に莫高窟が望め、左手遠くに三危山。 右に折れ、橋を渡ると莫高窟の前の公園、公園には、緑が多く、楡、ポプラ、コノテガシワが見られる。 観光客が多く、7割が中国人、2割が日本人、残りがその他の外国人。 莫高窟の詳細は、別項に詳しい。 敦煌市内に戻って、土産物店、写真集を1部求めて、草々に外に出る。 早速、自由市場を見つける、野菜、果物、日本のものと良く似ている。
何と泊まったホテルのビジネスセンターで利用できた、そこの李晶さんにお世話になりました。
夕食後、莫高窟の更に西、敦煌のもう一つの観光名所、鳴沙山、月牙泉に行く。
バスをチャーターするのに失敗したので、タクシーをチャーターする。 ガイドに頼んでフロントで交渉、郊外の街の明かりが届かない所まで出かける。 1台につき、30元、合計4台となる。3人乗車で1人につき10元で交渉成立。 しかし、運転手にこちらの意図が十分に伝わらず、沙漠の真ん中までは、行けない。 余り無理も出来ないので、仕方がない、適当な所で妥協した。 郊外の未舗装道路から見上げる星空は、それなりの美しさはあるがいまいち。 期待のリニア彗星を、北斗七星を頼りに探すが未確認に終わった。 南の空は、さそり座のアンタレスが赤く不気味に輝いている。 同一方向にシルクロードホテルの明かりがありこれを入れて写真に撮るがうまく出なかった。 天の川は、銀の砂粒をばら撒いたように大きく明るい、頂上付近には、牽牛、織女。白鳥座。 タクシーの運転手のリーダーがいい。名前とか住所を尋ねるが遠慮して教えてくれない。今度来たら探そう。 ホテルに戻る、残念、11時をとっくに過ぎた、ビジネスセンターは店じまい。杏晶さんには会えない。 部屋に戻ってシャワーを浴び、大宴会に加わる、日本から持ち込んだ日本酒など出て大賑わい。 今回の成果に花が咲き、話は尽きない、そのうち皆さんお疲れ、解散となる。 部屋に戻って寝付かれず、テレビを点ける、CATVなので多チャンネル。 リモコンでグルグル回していると何と、F1に出た。オーストリアGP、ハッキネンが勝った、安心して眠れる。
=敦煌太陽大酒店(11:35−13:30)=莫高窟(14:00−16:30)=太陽大酒店=鳴沙山−月牙泉 =敦煌太陽大酒店=沙漠の星空=敦煌太陽大酒店(泊り)
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7月19日(水) | Top Pageに戻る | 7月21日(金) |
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