The Room of Naturalist

悠々西安・未央宮遺跡を探して


未央宮前殿遺跡遠望

    未央宮は、何処に
 2003年3月9日前回までに見つけることが出来なかった漢王朝の宮殿のひとつ未央宮遺跡を探しました。
西安の西北にあることは判っています。
前回近くまで行きましたが、見つけられませんでした、地名に未央区がありその何処かにあります。
小高い丸い丘だけが残っているという情報もありました。
他には何も無く行っても見るものは無いとも言われました。
今回ガイドについた張君は心当たりがあるようです。
    西安から西北の郊外へ
 西安駅の北側は開発から取り残され、畑や荒地が広がります。
逆に開発されなった為に遺跡が残されたといわれます。
まだまだ発掘の手がつかず眠っている遺跡も多いといわれています。
 西安の街を抜け、西安駅の東側の立体交差で鉄道を渡り駅の北側に出て左折します。
比較的大きな道、自強東路で西安駅の北側を通過し、自強西路を突き当たり右に曲がって星火路。
3本目の交差点を左に曲がると太興東路、北に向かう鉄道の支線を渡り、ロータリーを越えると太興西路。
魏家村を北に郊六公路に入り、未舗装になった道路を揺られて鍵型に曲がって東張村のゲートをくぐります。
曲がりくねった集落を抜けると畑が広がります。余りにも何も無いところで不安になります。

    漢の時代の城壁

直ぐに、畑の真ん中を左右に横切る土塁の跡らしきものが見つかります。
草に覆われた土の壁が続いているだけですが漢の時代の城壁だとガイドの説明です。
確かに城壁の跡らしく、また以前に調査され立てられた石碑を見つけました。

それ以降顧みられることなく、また草に埋もれてしまったようです。
一部には鉄柵がありますが、裏に回ってみると単なる土の塊が連なっているだけです。

壁の脇を子供たちが現れました、遊び場にしているようです。
壁のくぼみに動物の死骸が横たわり何かの儀礼をしたみたいです。

    未央宮遺跡
 この壁を抜けると更に広い畑が広がり、その向こう、左前方に小高い丘が見えます。
丘には大勢の人が見え、大空には凧が舞っています。
あれが未央宮ですよ、とのこと。確かに道路脇に未央宮の小さな標識がある。
実際に丘に登り、歩いてみると、この辺一帯が未央宮の跡であり、丘が基壇の跡であることが判る。
車を降りて丘を目指し、歩く、径や畦が升目に切られて、直接丘に斜めに近づくことは出来ない。
丘は思ったよりも高く大きく、丘の麓には大きな未央宮の遺跡を示す石碑がある。

この石碑によれば、土台だけで、奥行き350m、幅200m、高さ15mとある。
丘には3、4段に段差がついて緩やかに登れる。
大勢の人たちが公園として利用し、賑わっている。
勿論日本人は我々だけ、ここまで来る物好きはいない。
 丁度平らな畑の真ん中にある丘で風当たりが良くて格好の凧揚げ場になっている。
周りの人たちと溶け込んで凧揚げを見ているとやってみないかと持ちかけられる。
実際に手にとって見ると凧は思ったよりも大きく力強く大空を舞っている。
子供の頃に帰って凧揚げを楽しませてもらった。
 ここが重要な遺跡である前に、地元の人々の憩いの場であった。
犬を連れた子供や大人や大勢の人たちに囲まれて、
言葉は殆ど通じないが身振り手振りで心は通じます、
国境とか民族とか難しいことは関係ないなと思える楽しいひと時でした。
丘を降り振り返ると悠々と大空に舞う凧、子供たちの歓声を背に未央宮を後にしました。
旅の最後を飾るにふさわしい所でした。

悠々西安2003

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写真撮影とこのホームページの制作者 -大石幸雄- Oishi Yukio inserted by FC2 system